桜
福岡は桜が満開です。
毎年、桜が満開のころは仕事でお花見どころではなくて、週末のお休みを待つうちに、いつも雨が降ったり強風で桜を散らしたりしてしまう、と残念に思っていました。
でも、最高の状態でお花見ができないこともまた、春の風情なのかな、とその奥ゆかしさに私たちは惹かれるのかもしれない、とも思っていました。
ところが、今日は教室がお休み。車でたまたま通りかかった、ある中学校の通学路がとても見事な桜並木で、美しい桜のトンネルができていたので、ちょっとお花見をしてきました。満開の桜をしみじみと眺めるのは久しぶりです。
突然思い立ったプチ花見で、デジカメを用意していなかったので、携帯電話で花びらを写してみました。
数日後には、きっと、真新しい制服を着た新入生が、この桜のトンネルを通って、肩に花びらをのせて入学するんだろうな、と想像しました。
ところで、桜の花を見るたびに、思い出す文章があります。大岡信氏の「言葉の力」という随筆です。
美しい桜色に染まった糸で織られた着物。桜で染めた織物ですが、その、えもいわれぬ美しいピンク色は、実は、桜の花びらからとった色ではなく、桜の樹皮からとった色だった、というエピソード。
桜は、木全体で、あのような美しいピンク色を出そうと懸命にがんばっていて、私たちが心惹かれるあの花びらのピンク色は、木が全身全霊で努力しているそのほんの一角にすぎないんだなぁ、と、その後、桜を見るたびに、感慨深くその話を思い出していました。
大岡氏の随筆には、私たちが使う言葉の一語一語がまるでその桜の花びらのようだと書かれていました。
何気ない言葉なのに、なんだか美しい、と思う言葉には、その言葉を発した人の人間性や生き方のすべてがかかわっていて、その人の美しい生き方が、言葉にあらわれているんだ、と教えてくれた文章でした。
最近は、メールでのやりとりがとても増えてきました。このようにブログで多くの人に向けて自分の思いを発信することもできます。
ペンを持つよりたくさんの言葉を楽に書くことができるようになりました。
これらの私の言葉ははたして、私の思いをしっかり伝えているでしょうか。全身全霊で正しく、美しく生きていかなければ、と改めて思った1日でした。